氷点 三浦綾子

 

 

 

 ただ犯人の娘なだけで、陽子自身は何の罪も犯してないけれど、陽子は真実を知り自殺未遂をしてしまった。そんな陽子がお利口さんすぎる気がしたけど、実際はお利口さんとはまた違く、難しいなと思った。

 

 

 啓造も夏枝も徹も高木も、嫉妬や憎しみに目がくらんで独りよがりな考えしかしていない。けれど、何となく彼らを憎めきれない自分がいる。それは、彼らの嫉妬や憎しみ、後先を深く考えず自分の思うがままに行動してしまう大胆さなどを、何となく理解できてしまうからだと思う。

 

 

 夏枝はひどい継母かもしれない。けれど、彼女の不貞を過剰に受け止め、勝手に復讐し、勝手に(陽子が女性として美人になってから)陽子を許し、教会に通いだす啓造の方が夏枝よりはるかに自分勝手で無責任で、酷いと思う。

 

 そんな啓造の存在も、陽子の味方をする徹も、何も知らずに陽子を褒める人々も、全て憎くて自分だけ惨めな気持ちになって、その気持ちをぶつける所が陽子になってしまうのも無理はない。夏枝は本来、美しく、優しく、家事を1人で懸命にこなす、立派な女性なのであって、だからこそあの辰子が事件後も友人であり続けている。夏枝を鬼にしたのは紛れもなく啓造。

 

 

 夏枝は家にしか自分のコミュニティがないのが問題だったと思う。自分の美しさを誇示したいなら、外にコミュニティを作るべきだった。この時代の既婚女性は家にいるのが当たり前だったのかもしれないけれど、彼女の世界が家で完結してしまっているのはあまりに勿体なく、人生に不満を感じてしまうのも無理はない。そして、夏枝も啓造も、言葉が足りなすぎた。正直に真正面からぶつかる事ができれば、こんな複雑な事態にならなくて済んだはずだ。しかし、それが出来ないのが人間の難しさなんだとも思う。

 

 

 唯一、陽子が自殺未遂をして、見舞いに来た辰子が遺書を読んで静かに泣いたシーンで私も泣いた。自殺のシーンでもなく、遺書のシーンでもなく、このシーンで涙を流した理由は、私の中の辰子への信頼が大きかったからだと思う。あまり深くは干渉しないが、程よい距離感で辻口家を見守っている。どこか達観していて、どんな状況でも気丈に振る舞う。そんな辰子が静かに涙を流す事で、余計に陽子がかわいそうな気持ちになった。